幸福とは? Vol.6 デンマークのアートから見る幸福観
学校や図書館、病院など、デンマークには至る所にアートが溢れ、週末には、コペンハーゲンから北に約35km離れたルイジアナ現代美術館へ多くの人が訪れる。デンマーク人の幸福観を語る上で、アートは最も需要な要素の1つと言えるであろう。昨秋、友人の誘いで、デンマーク在住の日本人造形作家、高田ケラー有子さんの個展を拝見した。その時にお話していただいた、デンマークのアートや有子さん自身の幸福観について筆者は強い関心を持ち、今回のインタビューを申し込んだ。以下の文章は、B:林、 Y:有子さんの会話体とする。
B: まず、有子さんの作品に対する思いや強く印象に残ったエピソードについてお伺いしたいのですが、その中で、アートを通して得ることができた最高に幸せな瞬間はありますか?
Y: それは、作品を展示するたびに感じています。というのも、小さな部屋で創って、会場で大きく見せる私の作品は、創っている時に作品の全貌が見えないからです。 例えば、球の形をした作品を初めて展示した時は、計算通りの球になるか、期待と不安が入り混じっていたのですが、会場に展示して思い通りに完成したことが確認できた時に至福の喜びを感じます。また、展示している作品を見てくれた鑑賞者が、素直な感動を言葉や体で表現してくれる時もそうですね。ある日、80歳のおばあさんが私の展覧会に来てくれて、私の作品を車椅子に座ったまま1時間ずっと眺めて、展覧会のガードマンをしていた70歳のおじいさんにこう言ってくれたそうです。「そこの若いお方、私、羽が生えて飛んでいけそうだわ」と。こうした言葉の表現から、こちらが刺激をもらうことも、その瞬間と言えます。
▲ 球形の作品の下で。有子さんとひとり息子のニコラス君(当時9歳)
B: 有子さんの著書、『平らな国デンマーク―「幸福度」世界一の社会から(生活人新書)』に書かれている「心の栄養」という言葉が、私にとって興味深いキーワードになっています。アーティストと鑑賞者の両方にとって、アートから得られる「心の栄養」とは何ですか?
Y: 例えば、私にとって、私の作品を見た鑑賞者が私を強く抱きしめながら、「あなたがこの作品を創ったのね」と誉め讃えてくださった時や、鑑賞者との対話など、作品を完成して終わりではなく、展示した後に始まるコミュニケーションから元気や勇気をもらうことが、私の心の栄養になっています。鑑賞者にとっての「心の栄養」は、感動する作品に出会い、そこから何か気づきがあることではないでしょうか。以前、全盲の方が私の展覧会に来てくださったのですが、私の作品を触るや否や、大きな歓喜の声を上げてくださったのです。それまでは、目の見える人だけを意識して、作品を創っていましたが、これからは「目の見えない人にも心の栄養を感じてもらえるような作品」を創っていきたいですし、将来、彼らのための展覧会を開くのが夢ですね。
▲ 7500個の三角錐で構成された”Prismatic”
B: コペンハーゲン大学や図書館等の公共機関には、必ずと言って良いほど芸術作品が置かれていて、デンマーク人の生活にアートは非常に身近なものだと私は感じました。有子さんは、デンマーク人とアートの関係性についてどのように捉えていますか?
Y: デンマーク人にとって生活空間を豊かに演出することは、長くて暗い冬を乗り切るためにも必要なことで、いかに快適に暮らすか、というのは重要です。だから家の中で良い物を使い、愛でるのです。自分にとって良い物を見極める力は、日常的に子供の頃から養われています。例えば、私が展覧会を開くたびに、幼稚園児が遠足として、来てくれることがよくあります。小さい頃から自然な形でアートに触れることで、「ものを見る力」を養っているのではないかと思います。だから、どの家に行っても必ず何かしらのアートがありますね。それも、その人が本当に気に入っている作品を家の中に飾ります。そんなこともあり、展覧会の初日は、作品を見るだけなく、気に入った作品を買うために足を運ぶ人もいます。
▲ 個展会場で作品鑑賞する幼稚園児たち
B: そのようなデンマーク人の生活に深く根付いているアートは、彼らの幸福観にどのような影響をもたらすと思いますか?
Y: 生活空間にある作品については、好きで置いているのですから、デンマーク人が大好きなhygge(ヒュッゲ)につながると思いますが、例えば病院にある作品の場合、アートは患者だけではなく、医者や看護師、そして看病をしている家族にも、たとえ束の間であっても幸福感をもたらすかもしれません。アートが病院にあることで「ほっとする安心感」を鑑賞者が抱くこと、それが、結果として癒しや小さな幸福感につながっていくのではないかと思います。また、作品を通して、忘れかけていた大切な思いに気づけることが、大きな喜びに繋がると思います。 作品に込められたアーティストのメッセージもさることながら、作品と対峙することで自分自身に気づきがあることは結果として幸福感につながるのではないでしょうか。何か新しいことを発見できることは、幸せですよね。
▲ 耳原総合病院(大阪)の入り口にある有子さんのホスピタルアート
B: 最後の質問となりますが、普段の生活で幸せを感じるために日本人はどのようにアートに触れていくことが重要ですか?
Y: まずは、素直に作品を鑑賞することでしょうか。もっと、心で作品を感じてもらいたいですね。例えば、私の作品には、「たとえ小さなものでも見落としてはいけない。見えないものの中にこそ、大切なものがある。」というメッセージがあります。そういう小さな命のかけらのようなピースがたくさん集まって、私の作品は完成しています。でも、アーティストの思い通りに感じる必要はなく、他のアートでも自分にしか感じられないものを、作品を通して見つけてもらえたら嬉しいです。他人の評価は関係なく、自分の直感を信じて素直に感じるままで良いのです。正解などないのですから。次に、感動することに貪欲であって欲しいですね。そのためには、様々なものを見て、多くの人と出逢うプロセスの中で、身の回りのことに好奇心を持つことが大切です。自分が感動することで、自然と感性は磨かれていきますから。
B:お忙しい中、本当にありがとうございました。
▲ 昨秋の個展会場にて。18歳になったニコラスくんと
「幸せは、実はここにあるのよ。足元を見て。大事なものが転がっているでしょう。」と優しい笑顔で語る有子さん。幸福は遠くにある見えて、実は、日々の生活の中に小さなピースとして数多く散りばめられている。アートを通じて、そのような「小さいけど、大切なもの」を発見できるような視点、それを素直な気持ちで感じることのできるような心を育むことこそが幸福を感じるための大きなステップになるのかもしれない。
番外編記事: 幸福とは? Vol.6 デンマークのアートから見る幸福観―番外編
高田ケラー有子 公式サイト:https://www.yukotakada.com/
過去記事
幸福とは? Vol.1 ギャップ・イヤーについてのインタビュー
幸福とは? Vol.2 ギャップ・イヤーについてのインタビュー(2)
幸福とは? Vol.3 bOblesの遊べる家具から見るデンマーク人の幸福観
幸福とは? Vol.4 ギャップ・イヤーについてのインタビュー(3)
幸福とは? Vol.5 デンマーク人のギャップ・イヤーから見る幸福観