金唐革紙調査支援とイベント通訳

北欧研究所は、デンマークコペンハーゲン市の修復士からの依頼を受け、日本における金唐革紙調査サポートを2016年秋、その後、日本の有識者を招聘しての金唐革紙の制作ワークショップのイベント立案、2017年9月18日から20日のイベント通訳を行いました。

1年半ほど前、とあるコペンハーゲン市の修復士アナ・シモンセンがデンマーク、コペンハーゲン市内Kongens Nytorvのお屋敷Brønnums husのダイニングルームの壁紙の修復を依頼されました。壁紙を見た修復師は、その特徴から明治初期の日本で制作された「金唐革紙(キンカラカワカミ)」ではないか、と 調査を始めました。

<金唐革紙の誕生>

日本の金唐革紙は、江戸時代にオランダからの贈答品として徳川家に寄贈された金唐革に由来します。1662年の徳川家の記録にオランダの献上品として金唐革の文字が初めて登場しています。金唐革は鞣した革に金属箔を張り詰め、文様を彫った型でプレスして文様を浮き上がらせ さらに塗料を塗って華麗に仕上げた皮の工芸品です。この絢爛豪華な革工芸品はルネッサンス期15世紀のイタリアで生産が始められ宮廷や大寺院の壁をきらびやかに彩り また外交使節の高級な贈り物として用いられました。当時の日本では、金唐革は刀の柄や印籠、煙草入れなどの装飾に用いられていました。皮は日本では高価であったため、この金唐革を強度の強い手漉き和紙で作ろうという試みが相次ぎました。

その後、日本は開国を迎え、日本開国後の日本の産業振興の一環で、金唐革紙が海外に輸出されるようになりました。壁紙としての金唐革紙は1872年頃、イギリス人が欧州でも受け入れられやすい壁紙の形で製作するのが良いという指導があり、山田次郎兵衛が初めて製作に成功したと伝えられています。江戸工芸の技術の粋を傾けた、革と見まごうばかりの金唐革はウイーン万国博で多くの人々の関心を呼び、注文が相次ぎ、イギリスのバッキンガム宮殿やオランダのヘット・ロー宮殿の壁紙としても採用されて行きました。当時、ジャポニズムへの関心も手伝い、欧州各地から注目されていたようです(Wiki)。

<アナ・シモンセン修復士の科学調査>

アナ・シモンセン修復師は、デンマーク国立博物館の協力の元、壁紙素材の分析を重ね、最新の化学調査では、壁紙は2層になっていること、上部層はオリジナルであると思われること、また、繊維を分析したところ、欧州出土ではない(コウゾやミツマタといった和紙に使われる繊維)ことがわかっています。2層目は欧州の繊維で、日本製の金唐革紙が壁紙として利用される際に、裏紙として添付されたのではないかと見られています。
また、壁紙のパターンは、日本色が強く見られるところから、輸出初期、1860-70年代のものと考えられています。1900年に入ると欧州風のパターンが使われるようになる、流通が盛んになり粗悪品も出回るようになりますが、その頃のものとは一線を画しています。

<その後の文献調査>

2016年11月、トヨタファンド、文化省の後援を受け、より調査を深めるために調査の指揮を執っているアナ・シモンセン修復師が日本を訪問しました。デンマークで実施した素材分析では、おそらく日本の繊維(コウゾ)が利用されていることがわかりましたが、デンマークのコレクションや文献調査では、利用されているパターンと同じもしくは類似する金唐革紙のサンプルやカタログなどは見つけられていません。訪問の目的は、日本の金唐革紙に精通する方々にお会いし現在の仮説を裏付けること、そして、Brønnums husの壁紙と同じパターンが仮に欧州の万博に出品していたのであれば、存在したであろうカタログを見つけること、そして製造工場を特定することを目指しています。
残念ながら2016年の日本訪問では、カタログを見つけることはできず、また製造工場の特定もできませんでした。しかしながら、日本で金唐革紙を唯一復元することができたと言われる上田尚さんにお会いし、「日本の金唐革紙であろう」とのお墨付きをもらうことができました。京友禅の家に生まれた上田さんは、美術印刷や手漉き和紙技術の復元を手がけた経験を生かし、金唐革紙作りを終生の仕事することを決意、金唐紙研究所を立ち上げました。

<ワークショップの実施>

今回、金唐革紙研究所の上田さんの第一弟子である池田和広さんと民子さんが、デンマークを訪問し、18日月曜日から20日水曜日までの3日間、金唐革紙研究所の池田氏とデンマーク修復士アナ・シモンセンさんらが中心となり, デンマーク国立アート工房Danish Art Workshops – Statens Værksteder For Kunstワークショップが実施されました。北欧研究所は、この一連の招聘イベントをサポートおよび通訳を実施しました。修復士など工芸の世界の第一線で活躍する面々が揃う2日間のワークショップでは、参加者も非常に熱心に技術を試していらっしゃり、池田さんご夫妻も参加者の技術に驚いていらっしゃり、充実した2日間となりました。翌日水曜日には、池田氏およびデンマークデザイン美術館で日本展示を主導していらっしゃるキュレータが、金唐革紙についてまた日本とデンマークの関係について講演をされ、およそ100名が参加しました。今後関連する記事や映像が公開される予定で、また、報告させていただきたいと思います。

<後記>

日本の伝統工芸として素晴らしい品質が海外で絶賛されたにもかかわらず、どのように作られたのか、どのように海外に渡ったのかきちんとした記録もなく、その製作技術も不明な点が多いという金唐革紙。コレクションが日本にはほぼなく、海外の方が充実しているということはある意味悲しいことかもしれません。しかしながら、その技術を取り戻そうと努力する人たちがあり、その技術に尊敬の念を払い学んでいこうとする工芸家、修復士の心意気に熱く動かされます。(ブログ:北欧生活研究所「修復士という仕事」)